おはようございます。

8月27日火曜日 朝、2時47分。

今朝は、グァテマラの豆でバターコーヒーを淹れていただいています。

コーヒー豆の好みは人それぞれ。

僕が小学生の頃、両親は自宅で喫茶店を開業しました。

そういうことから、コーヒーや紅茶の味に、幼い頃からわりと慣れていたからなのか、

いまだに僕は濃い味の飲み物を好みます。

コーヒー豆では、グァテマラ、タンザニア(キリマンジャロ)などのガツンとした味が好みです。

タンザニアは少々酸味があるけれど、それもまた良し。

幼い頃両親が淹れていたコーヒーは、サイフォン式のキーコーヒーの豆。

とても酸味の強いコーヒーでした。

本来上品な方々は薄味が好みなのでしょう。

そういう意味では、僕は何ごとも濃いものを好んでしまう傾向があるのです。

つまりは長屋的な、庶民的な感覚が僕の本質なのでしょう。

芸術であろうと、料理であろうと、はたまた出会いでさえも

濃いものを望む傾向があります。

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窓から南東の空を見上げれば、三日月が浮かんでいる。

黄色い湾曲を描いて、真夜中、濃紺の空に浮かぶ船のようです。

月の見える場所は季節により変わり、少し前の季節までは、まんまると浮かび西の空にあったわけで、

諸行無常の姿がいつだって、天空には映し出されている。

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Apple Musicに僕は、バッハの「主よ人の望みの喜びを」だけをあつめたプレイリストをつくっている。

それを朝一番で一周流すというのも、僕の日課の一つなのです。

まず朝の一番、この音楽で、部屋の空気を満たす。

とても清々しく、バターコーヒーの味と合うのです。

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最近は近所の農家直売所で購入するサツマイモがびっくりするほどに安い。

腕ほどのサツマイモが2本で250円。スーパーマーケットの半額ほどの値段なのです。

夜のうちに、それを調理して、つまり、お粥にしたオートミール半分と

サツマイモ半分をよく焼き茹で、ミキサーにかけてペーストにしたものを

さらによく煮込んで、スイートポテトのような状態にして保存食にしています。

これがたまらなく美味しい。

お通じにも良く、素晴らしいレシピなのです。


乳酸菌の入った食物を積極的にセレクトしているうちに

ふと手に取ったのがグリコのビスコでした。

母に聞けば、幼い頃の僕の大好物だったようです。

これがまた美味しい。

美味しいという言葉は本来下品な言葉で、あまり口にするべきではないと思っているのでありますが・・・

(食べ物は生き物の命ですから)

それでもビスコを食べ始めるとやはりとまらない。

世界に誇れるほどのお菓子なのでは・・・と思ってしまいます。

フランスのモンサンミッシェルのお土産などビスケットやクッキーで有名なブランドは多々ありますが

「ビスコ」はあらゆるブランドに勝っていると僕は思うのです。

発酵バター仕立てが特におすすめで、健康にも良いのだと思い込んで食べる僕には

もう、お菓子はビスコだけでいいんじゃないかとさえ思えてしまう。


歳を重ねるたびに、欲が少なくなりました。

本当に人生で必要なものってなんなのだろうといつも考えてしまうのです。

何を手に入れたとしても、次の世へ持って行けるわけでもない。

経験さえも、持って行けるのかどうなのか、誰か教えて欲しいところなのです。

ただ一つ、僕にまだ欲があるとすれば、

これから先の人生(もしもまだあるのであれば)後悔しないで生きたい。

自分のことを好きでありたいと思うわけなのです。贅沢・・・。

嘘偽りなく、自分をさらけ出し、それでもいいじゃない、オールオッケーと言ってくれるような場所で

自分にできる精一杯を出し尽くしたい。

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人生って不思議です。

聞こえてくるあらゆる言葉。

見えてくるあらゆる風景。

何かに触れた時の冷たさ暖かさ痛さ、中立の感覚。

感情のありか。感情のくる場所。

何もかもに、灯火があり、光やプラーナがあり、気づきに包まれている。

巡り会う全ては念なのかななんて思います。

やはり誰もが見守られていると僕は確信できるんです。

生きているという奇跡。

身体があり、魂があり、空と大地があり、風が流れ、

音があり、光があり、日々(瞬間瞬間の時間)があり、

美しい確率の出会いがある。

すごいな。人生。

ここから僕には何ができるだろう。

あなたには何ができるだろう。

それがトイレ掃除とかそんなことだけでもいいと、僕は思えるから

やはり精一杯に生きてみたい。

僕らは誰もが、気づきあい、無意識に助け合って生きているのでしょう。

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今この時間、窓の向こう。

数台、道を走り抜ける車のヘッドライト。

見渡した世界は、眠りの国。

多くの人々は今、布団の中で夢を見ている。

そしてみんなが見ている夢たちが美しく希望に満ち、

吉祥でありますようにと願いながら

キーボードを打つ、今というこの時間。

一つ一つを忘れずに歩みたい。

松本隆さんが何かのインタビューで「僕は都会の中で夜中人々の夢を食べながら歌詞を書いている」

というようなことを話していたのを見たことがある。

今の僕もそんな感じで、こうしていると、

世の中が描き出す夢のモンスターのようなものが見えてくる気がしてくる。


いろんな経験をいただいてきた。

もう大それたことをしたいとまでは思わないけれど、

まだ僕にできる何かがあるのであれば、

精一杯を出し尽くして

この人生を生き抜きたい。

一度限りといわれているこの人生。

僕もあなたも、それはダイヤモンド。

はたまた、永遠とつながる光。

人生っていいものなのだと思います。

ありがたい尊き日々。

本日もまたあなたに、佳き1日でありますように。

実り多き秋が、人生の樹々いっぱいに希望の花々と種を開きますように。