生活様式の変遷から、思い立つところあり、

ウエブサイトをリニューアルいたしました。

 

今までは、携わってきた音楽の仕事のことなどを

ひとつのこらず記載したりしていたけれど

今回は提供したアーティスト名だけを記しました。

 

きっと興味のある人は、検索などしたりしながら

You tubeやAMAZONなどで、

その音楽にふれてくれたりなどということもあるのでしょう。

 

音楽は素晴らしい。

 

最近、本当にそう思います。

ここ最近は、1998年くらいに購入した、カフェアプレミディのコンピレーショナルバムをよく聴いている。

このアルバムは、あの時代にまるでタイムスリップしたみたいに、ぼくの脳裏や身体を、あの当時の世界へと運んでくれるのです。

 

渋谷のはずれにあったカフェの、あのシンプルな店内。

あの当時の渋谷はこんな感じの音楽で溢れていた記憶があるんです。

そしてそんな渋谷の街を、ぼくは自分が書いた歌で埋め尽くしたいなんて傍若無人な夢を描いていた。

 

そうして、摩訶不思議なことに、そんな夢が叶ってしまった。

一時期、渋谷のどの界隈を歩いても、僕が書いた歌がスピーカーから流れていた。

 

あれは夢だったのだろうか。

なんて最近よく思います。

 

今では僕は、小さな価格で、デザインのお仕事をさせていただきながら

細々と粗食生活で暮らしています。

 

もう欲しいものもあまりなく、できれば静かに、平和でいられたなら

それが何よりの幸せだなんて本気で思っていたりする。

 

今は朝の3時14分。

最近は12時半か1時起床で、2時間かけて床を磨き

そのあとでこうして仕事を開始している。

 

肉も魚も食べず、ギャンブルもお酒もタバコもせず、

10年以上テレビのない部屋で、

夜19時以降は外出せずに、お昼以降は固形物を食さない。

 

何が楽しいのかと言われると、はてと首をかしげてみるが

これがなかなかの充実と幸せを感じる毎日であったりする。

 

おかげさまでここに来て、デザインのお仕事が随分と喜ばれ始めてきた感があり

きっと半分以上は自意識過剰な思い上がりなのでしょうけれど

誠心誠意尽くす姿勢は一貫していることから、伝わり始めたかと、ホッとしている。

 

どこまで生きられるのか、生かしていただけるのか、はてさてわからないこの人生。

今この瞬間にできることの少なさと多さ、大切さが身にしみる。

 

せっかく生まれてきたのだから自己実現をなどということももうなく、

せめてできるならば、ぼくと出会った人々よ

ぼくとの出会いを後悔せずに、良いものであったと思っていただけたらと願う。

 

何ができるのだろうね。

こんなにも小さなぼくら一人一人に。

 

何もかもが愚かで幼く、がむしゃらでありながら、無礼だった若き日のぼくら

先日、とても大切な友人。

詳しく言えば、大切な友人の奥さん。

大切な友人はもうこの世にはいなくて、今こうしてブログを書いているぼくを

天から見守り、笑い、励まし、時に歌などを歌いながら、風に潜んでいるのだろうけれど

大切な友人である彼女に久しぶりに会い、ああ、あの頃のぼくらが今も、この世界にはかすかにあるのだと

少し安堵するとともに、しっかりと生きなければと、また背筋を伸ばしたところなのです。

魂という文字は、鬼を伝えると書くのだけれど、または鬼が言うとも言えるのかな、

本来、なかなかのエネルギーなものなのでしょう。

そんな両極を常に体に染み込ませているぼくらは、そんな汚れた存在の中にある清らかさを

やはりこの人生で、できる限り体感したいなんて思うのです。

 

愛は赤色なのか青色なのかなんて、決めつけるものではなくて

そのすべてに宿る、感情と摩訶不思議の味わいを、どこまで感謝しながら歩めるのか。

 

人生って本当に素敵なものなのだと思う。

少なくともどんな境遇であろうとも、何が起こっていようとも

今がどんな状況であろうとも、人生には常に生きるだけの価値がある。

 

もっと生きたかった人たちの分まで、

言いたかったことも言えずに天に昇ってしまった人たちの分まで、

 

馬鹿にされようと、笑われようとも、

正直に生き切りたいなと願います。

 

この人生を全うできるように、今日もまた1日を精一杯に。

ありがとう。こんなブログを読んでくださって。

あなたに幸せなことがありますように。

ささやかな喜びに気づける毎日でありますように。

 

あとじまこと