The world that I saw after shaving my hair

The world that I saw after shaving my hair

 

 昨年末、コロナ騒動が始まった頃、

ぼくは3年放置していた大腸ポリーヴを2個切除しました。

麻酔を打たれ朦朧とした中で摘出は終わり、

すっきりとした気持ちもありました。


そのあとで、肩の腱の手術で母親が入院。

退院の際に、入院先の病院でクラスターが発生。

見事に我が家は、3人とも陰性でありながら、コロナ渦中でした。

もちろん自宅待機であり、なかなかにたいへんな日々でした。


コロナとはなんぞやということも、

実際に陽性の方々が身近にいた環境をリアルに体感したことで

少しは深く理解できたと思います。

今の世の中。

変さ加減も十分にわかった。

かなり変な世の中です。


変な世の中でありながら、

医療関係者の方々の心には本当に頭がさがる。

まさに役目があり生まれてきた方々。


ぼくと母父は、全員陰性で、

いまだに元気で発熱もなく暮らしています。

あれからずっと毎週、母親をスーパーマーケットまで連れて行き

買い物のお手伝い&運転手という役目を続けている。

これがすごく楽しく、嬉しい時間でもある。

ぼくとしてはここ最近の最大の息抜きとなっている。


月一で、母の診察の帰りではコーヒーショップへ寄ることもある。

少しだけコーヒーを飲みながら話をしたりしています。

若い頃には考えられなかったようなことだ。

自分が50歳になり、

母親とコーヒーショップでコーヒーをいただいている。

これはとても贅沢な時間だと思っています。

母は、昔、とても小さな喫茶店を経営していました。

サイフォンでコーヒーを提供していた。

質素倹約、贅沢とは程遠い人なのだけれど、

本来とてもコーヒーが好きなのだ。


昔から脚に障害を持つ母は、外出の際、

ぼくに気を使ってくれていたことを、ぼくはよく知っている。

昔の田舎では杖をついて重そうに歩いているだけで、

かなりの差別的な人々からの視線があったから。

母もこの週に一度の買い物の時間を喜んでくれているようだ。


今年に入ってから毛髪をスキンヘッドにしました。

毎日、ダイソーさんのT字カミソリで丁寧に剃り上げています。

仕上げにはニベアを塗ってピカピカに輝かせてみる。

様々な人生の懺悔も何もかもを心に剃り上げた。


いつかは髪の毛を丸めると思い続けていました。

だから、今年決断をしました。


ずっと思い続けていたインドでの生活も実現したい。

今はそれが唯一の願いです。

(もちろん家族と親しい人々の幸せと健康が第一。世界平和も)

だから今なんとか持ち物を減らして、

最終的にはリュック一個くらいになれたらと考えたりしています。


ブッダの説いた初期仏教の教えでいうと、

この世界には生命体と言えるようなものはないのだそうです。

五蘊(要素と感覚)だけがある。(すごく斬新な考え方です。)

解決策があって初めて問題はあるといえる。

そもそも解決する生命体がない

(あるのは感覚)のであれば、問題も存在していない、

というなんとも極端な説です。


この世界をうたかたとして見てみる。


今回の新型コロナも、

社会的不安。経済的不安。心理的精神的問題。

身近なことでいえば、就職難。世の中全体での業績低下。生活苦。格差社会。

もうたくさんありすぎるところですが、

これも解決する手立てと、解決する存在があるからこそ問題があるといえる。


実は、それがないと仮定して組み立ててみる。

この世はうたかたなのだとして向き合うと、

問題さえも無いということになってしまう。

他者が起こした問題は他者の問題・課題。

自分が起こした問題は自分でカタをつける。

というと言い過ぎな部分もありながら、

問題を問題として捉えず

「あきらめる」ということなのでしょう。

「明らかに見る」

どういうことかというと、

「覚悟をしましょう」ということなのでしょう。

問題のように見える事象は全て、そのようなことがある・あったという

それだけのこと。まだ何も起こってはいない。


不安を手放すということ。

なすがまま。あるがまま。

過去のことを悔やまず、未来を憂えず、

目の前のことだけを誠実に行う。

今する必要のあることだけに向き合い、

今話す必要のあることだけを話す。


このブログもぼくなりに、

書く必要があると思って書いています。


ぼくには問題だと思ってしまうなら

問題のようなこと 山積みであります。


毎日、少しずつ伸びてくる髪の毛を

「自分の煩悩と問題」として捉えています。

だから毎朝、頭髪の全てをキレイに剃りあげる。

剃り上げた髪の毛(煩悩&問題)とともに全てが解決したのだと、

自分に言い聞かせて、朝を始めています。


何があろうとも生き抜こう。

覚悟はできている。

あらゆることを受け入れ、

 「それならそれで」と、

生きてみせよう。


 人生が輪廻転生の果てであるなら、

初回以降の人生は全て死後の世界。

何をおそれることがあろうか。


誰がために何ができるか。

もしも、これを最後の人生だとしたら何をするか。

一瞬一秒を感謝して、

人生を味わいたい。

ゴーヤチャンプルみたいなものです。

苦味さえも旨味です。

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